智慧の海底は深遠で底が見えることもない
大悲の如意宝ですべての望みは満ちている
偉業は波打ち 常に揺れ動きつづけている
君よ 牟尼自在よ 法の大海に勝利あれ
濁りない澄明な流水が静かにせせらいでいる
身体ある者の苦痛のすべてが鎮められている
新しき善説 これは甘露の水となり
知性ある者に息吹きを与えんことを
馥郁とした澄明で浄らかなこの香水を
閼伽水とし仏前に陳べ 灑水とし撒く
どんな使途で用いても薫り善いものである
善説の物語もまた 常に美しいものである
二つの教えの取捨すべきことを知る者は
短期的・長期的な目標を実現するだろう
すべての可能性を検討できる賢き匠となる
大海原を航海できる船長のような者となる
小さな河さえ泳げない者
彼が大海を泳いで渡れるだろうか
品位ある行いもできない者
彼が諸法の実義を解せるだろうか
公平で知性を有する者
彼は功徳を拾い集めてゆく
大草原を悠然と流れる清水が
ちょろちょろと花を潤すように
悪しき友は四方遠くを駆け回り
ひたすら禍患いばかりを集めてくる
崖から流れ落ちてくる土石流が
澱んだ水ばかりを引き寄せるように
功徳をはじめて学ぶことは難しい
用心しないとすぐに失ってしまう
露滴をため溢れさせるのは難しい
こぼしてしまえば一瞬でなくなる
苦行をする重荷を負えるのなら
どんな仕事も苦ではないだろう
水のなかに潜ってしまうのなら
どんな雨も災いではないように
継続した精進をやめないで
徐々に実現すればすべては成る
悠然と静かに流れてゆく河が
広大な大地を巡っていくように
大きな仕事は長期的に実現していく
短気を起こしても成し遂げられない
大きな川はゆっくりと遠くへ流れる
強く波打つとも水嵩は増えはしない
自分には相応しくない仕事なら
他人に頼まれてもすべきではない
泳げもしない者は頼まれたとはいえ
一体どうして水に飛び込むだろうか
河川は共有する供物である
日月は共有する燈明である
賢者は共通に戴く冠飾である
正法は共通に飲む甘露である
巨大な帆船が大海を荘厳し
翳りなき月が天空を荘厳する
賢しこき者が教説を荘厳し
道を導く者が勇軍を荘厳する
品位のある美しい行いは
主人と民衆の善資を高め合うのである
それは大きな海と数多の河川とが
互い助け合っているのに等しいのである
悪い主人と悪い従者は
互いに破滅させ合うものである
乾燥してない粘土の器に水を入れても
両者が溶け合い失われてしまうように
半可通や有力者が増えることで
国家や地域の取り組みは崩壊する
左右から水が湧き出す土地では
どんな楼閣も家屋も傾かざるを得ない
主従が連帯すれば敵軍も難攻不落となる
不和不仲で分裂していればそうでもない
馬でも泳いで渡れない大河であろうとも
もし分岐するならば羊でも渡れるのである
法を具えた王は税を課そうとも
それによって国家を護るだろう
大きな雲は海水を引き寄せて
徐々に雨を降らせ大地を護る
悪しき王は食糧と財をすべて奪うとも
決して飽き足らず貪り続けるのだろう
馬口の焔は海水をどれだけ吸上げるとも
すべてを飲み干して常に燃え熾れるように
悪い主人はどんなに敬い仕えても
賄賂がないだけですぐに怒り狂う
何日も沸騰させている水がまた
火がないだけですぐに冷めるように
傲慢で粗暴な主人を
誰も信頼することはない
激しく乱れた渦のなかに
どんな魚も住みはしない
慈しみのある饒益し得る者
彼のもとにすべての人は集う
如意宝珠が有るその海辺へ
すべての衆生が押し寄せるように
重要で高位の者に仕えるのは栄誉である
しかし同時にそれ以上の危険の源でもある
大海というこの数えきれない宝石の源は
同時に巨大で恐ろしい猛獣の棲家でもある
親しくない人と付き合いはじめる時
信頼し過ぎて危険に陥ることもある
菩薩であった雁の王と雁の大臣も
新しい湖では罠に架けられたように
流されやすい人は仲良くしようとも
すぐに不和になり離れていくだろう
水と乳はいくら一体に混ざっても
雁の嘴で分けることができるように
賢い者は真偽を分析するだろう
愚かな者は聞いた噂で翻弄される
水にチャルと音がするだけで
山林の獣の殆どが逃げ出したように
付き合えば善行が増えるか減るのか
それが善友か悪友なのかの違いである
透き通った冷たい同じ水であろうとも
利害により薬水と毒水があるように
悪友の娼婦の妖しい微笑より
武骨で乱暴な顰面は吉である
春の薄雲がどんなに白くとも
黒い雨雲の方が農民を益する
知性があり善良なる人のもとへ
上中下のすべての者たちが集う
安全な津梁のある池のなかへ
人はみな歓び進んでゆくように
傲慢で乱暴な者に対しては
無関係な人でさえ敵視する
高慢で迷惑だったガンガーも
ジャフヌの怒りで一気に飲み干された
弱々しいのに粋がると
危険な崖へと落ちてゆく
水では暴れて泳げる魚でも
乾いた大地では死んでしまう
悪しき種族を僅かに得ていても
王族のように気高くあればよい
険しい崖を流れるせせらぎも
大海の波のように轟いている
巨大な国土を見たこともない
辺境の愚者は自国が大きく見える
井戸の水を自慢している亀は
大海の話で死んでしまうのである
劣った者たちはすぐに悦ぶだろう
その悦びをもすぐに翻すのである
遠くへとは流れない小さなせせらぎは
時に川幅や嵩を増すともそれは一瞬である
下劣な者を重用しようとも
恩義も知らずに憤りさえする
どんなに冷たい水をかけるとも
生石灰は反応し発熱するだけである
勝れた者たちは危害を加えられるとも
怒ることもせずに閑雅に過ごすのだろう
沸騰する呪文をかけられた水は
熱湯を加えても冷たいままである
無愧な人たちを助けても
用事が済めば忘れられる
河の向こうに渡れれば
乗った船には見向きもしない
悪しき者の仕業のひとつひとつが
広大な地域をも破壊してしまう
荒れる狂った仙人が飛び込んだので
徙多の流域は百分と知られるように
荒ぶれ者にすら批判される者を
賢者たちが信頼することはない
水面の月に惑わされた雁は
昼でも蓮根を食べようとしない
犯罪者はたとえ更生しても
僅かなことで再犯してしまう
小さな流れがどんなに変わろうとも
元の大きな流れへと戻っていくように
賢者は身分の上下や貧富など
どんな境涯でも本性は変わらない
河は流れる場所で寒暖があろうとも
湿って濡れた本性を何故捨てようか
強烈な命令を発するより
懇願する方が制御しやすい
衣の匂いを落とすよりも
馨れる水で変える方がよい
生物の心の内の功徳や過失は
外側に表れた所作から推察できる
灰色にたちこめる気嵐から川を知り
煙によって火があると判るように
他者の功徳や過失は見えやすい
しかし自己の所作は見えにくい
湖のなかに空の星や月のすべてが
輝いているがそれ自体の底は見えない
悪意のある謀略の活動は
進捗は早いようだが破滅に至る
河川はどんなに彎曲し流れても
下流へと流れていくしかないように
家系を断絶させるため放蕩息子は生まれ
福徳を断絶させるため悪意は顕在化する
自らを破滅させるため知性は凶暴化する
水源を枯渇させるため濁った水が増える
愚かな者がいくら苦心し実現しても
その名誉は狡い者に奪われてしまう
山が生み出した蓮の華もまた
生まれた名誉を水に奪われている
教証の功徳を持たなくても
賢者の名声で人は欺かれている
栄養もない霧雨をもたらす雲が
龍のような雷鳴の声をあげるように
濁世に現れる一切智者を自称する者は
修行してみると凡人よりもはるかに鈍い
天然の温泉水がどんなに熱くても
沸騰させると冷水よりも後となる
口先だけの説法者たち
彼らは旃陀羅よりも心が貧しい
冬に立ち込める濃霧のように
闇に覆われ暗く一層凍ついている
勝れた人は弱く無力でも
法に反した業を為すことはない
雨を待つ郭公は喉が乾こうと
地面の水を飲もうとはしはない
善行へ励もうとすることと
淫行は矛盾した行為である
花を咲かせたいと思いながら
温泉の中に投げ込んでどうなろう
勝れた者はしばし弱っていても
また再び威光を放つものである
凍りつき洞穴に入った河もまた
春の陽気で次第に流れ出すように
知性も努力も乏しき人は
福徳を得るとも翳りがでる
流れ込む水が断たれては
池の水もすぐに枯れてしまう
財産がない人が宝飾や美食を求めていく
聖典に無学な人が学者の任につきたがる
泳ぐこともできない人が海で泳ごうとし
当たり前のように自分自身を溺れさせる
どんなに広く権威が及ぶとも
得られる福徳には限度がある
海の水を自分の池に注いでも
限界を超えれば溢れ出すだろう
いまだ大事に至っていないうちに
順次よく対策を講じておくとよい
先に堤防を作っておかないと
増水した時でも放流できない
無意味な仕事に追われてしまい
自ら力を失うとも勇者とは言われない
水のなかに移った自分の姿に敵対し
飛び込んで死んだ獅子と同じである
たとえ敵を降伏させんとする時も
ゆっくりと穏やかに振舞うべきである
静かに潜んで動いていく者が
魚たちを捕まえるのを見るとよい
他人の繁栄を嫌だと思う人は
自分の功徳ですら失っている
激流へと飛び込んでしまえば
自分は死ぬが向こうは無傷である
結局 敵の敗北と勝利を望むなら
徳行を成し遂げるのに励むべきである
大河を渡ろうとせんとする手段は
平地で舟を作ること以外にはない
自ら徳行から退かなければ
敵たちでさえ打ち負かせない
湧き水は自ら枯れないのなら
地面に押さえられても止められない
貧困と富裕 冷静と粗暴 高貴と下賤
すべては過去の業に応じた果報である
水輪が攪拌されたことに対応して
山脈や陸地といった環境は出来ている
賢者の大半は貧しくなるだろう
愚かな者こそが財宝に富むだろう
濁って汚れた川の方が
蛙や蝌蚪や虫がより多い
百人の中から勇者が現れる
千人の中から賢者が現れる
無熱悩池から黄金の水が現れる
大海の中から宝石は現れてくる
知性の貧しい人というものは
富を得ても使い方を知らない
犬というのはいくら喉が渇くとも
水を吸い込まず舐めて飲んでいる
自分にも他人にも誰にも役立たない
財産などは持っていないのに等しい
水がない土地がいくら広大であろうとも
どんな人も砂漠に過ぎないと見捨てていく
人は財産を増やしたいと思うのなら
一部を寄付したらよいのを知るとよい
井戸水は汲んで使うなら増えてゆく
放置しておけば濁って枯れてしまう
無知な愚者が如何に享受しても
苦しみの源以外の何物でもない
黄金山の間にあるすべての海が
常に闇に覆い隠されているように
富をもつ人は福徳を積むべきである
福徳を損なえば失いやすいのである
樹を植えどんな立派な枝が生えるとも
水分がなくなればすぐに枯れてしまう
福徳がもつ力 善なる知性
これらは互いを因とし運命を切り開く
河は雨の源となり 雨は河の源となる
互いを因として流れ大地を潤してゆく
多くを語ろうと少なく語とうと
意味さえあれば耳は傾けられる
貯水池の大きさがどんなでも
深いかどうかは泳げば分かる
善行の伝統を切り拓く者が賢者である
彼の後を追うことは容易いものとなる
駿馬が泳ぎ渡れることを示した道ならば
それに続く犬も渡ることができるだろう
賢者はすべて平等心に満ちている
偏って見る者は貪瞋に満ちている
水をきちんと満した瓶は運びやすく
途中まで充しただけではこぼしやすい
思いつきをすべて口に出す人を
誰しも当てにできないと軽んじる
せせらいで流れている河ならば
こどもたちさえも泳ぐことができる
言葉は少ないが微笑を伴い的を得ている
そんな話に人はすべて耳を傾けるのだろう
音もなく静かに緩やかに流れる河ならば
水深がどれだけあるかを知り難いのである
水面に絵を描いていくように
罪深い心はすぐに捨てるとよい
岩面に絵を描いていくように
善なる意志を強く固めるとよい
善なる意志をもてるのなら
世間の活動でもすべて正法となる
水車を使えば低い溝の水でさえも
高い山の頂までへと運んでいける
どんな時でも常に業果と三宝を
意識し続けれるならすべては成る
神々のなかの王が雨を降らすなら
得られる収穫も円満となるように
世間の梵天の垂髪を流れる
恒河に彷徨う旅を終えた後
二障の垢を洗い清めるために
正法の道へと導いてゆきたい
七種の水のなかで最高のもの
その源は雪に帰しているように
不迷乱で過失のない正法もまた
勝者の言葉に帰さねばならない
そこから甚深広大の実践の
三つの道へ順次流れてゆく
円満で誤りなき教誡は
眠らぬ賢劫の者の供物である
然し時が経ち濁り果てたものを
文殊大師は澄明に顕彰なされた
海中へ捨てられた四種ヴァーダは
魚の姿に変化して救出されたように
このような教えに逢いながら
似非なる道へと誰が向かうのか
神の水流 ガンジスの源で
石灰の井戸を誰が掘るのだろう
知力なく不運な者は深遠だとの
評判に欺かれ道を誤ってしまう
陽炎を水だと見誤っている
鹿は意味もなく苦しんでいる
法の道へと進もうとする時には
はじめに善知識に師事すべきである
大海原を航海しようとする時には
はじめに経験豊富な船長を探すように
世間と出世間との
すべての善の根源が師なのである
閻浮提の植物と果実のこのすべてが
無熱悩池に住む龍の恵みであるように
慢心を退け 静かに律し
正法の器となるべきである
河が高地に留まらず
低地へと巡り流れてゆく
すべての法を一度に知っていなくても
知る限りのもので有意義なものである
河の水のすべてを飲み干さないけれど
飲んだその限りで渇きは癒えるだろう
多くを聞法しても実践しないのなら
自分の心の流れに何ら役にたたない
水のなかに何百年浸していても
岩盤の本質は乾燥したままである
常に捉み 時に捉み 捉まずに
順を追って泳ぎを習ってゆくように
順を追って言葉に依存する
聞思修という三つが説かれている
人という船を得たいまこの時に
聞思修の大漁旗をたなびかせて
生存の大海原を渡るべきである
こんな船は次に得るのも難しい
生まれてきた時その瞬間から
留まることもなく死神の方を向いている
河は流れゆき如何なる瞬間であろうとも
逆流することもなく海へと向かっている
無常の猛獣に捕まっているのに
楽しんで居たいと思うのは正しくない
鋭い鰐の牙の間に挟まれているのに
楽しい時など一瞬たりとも過ごせない
いくら達成しようとも際限のない
世間の所業は見限るべきなのである
波の紋様はひとつひとつ続いてゆくが
どんなに追いかけても掴める時はない
どんなに賢くて振舞いも立派でも
時の通知人には逆らえず囚われている
大きな川の波間に舞った者たちも
冬が訪れると凍った穴に籠るのである
いまこの三門の不善行により
来世には悪趣と決定している
山の頂きから流れ出した水は
渓谷を巡り低地へと流れてる
その後一億年を数えながらも
焼かれ煮られても死ねやしない
消石灰の山には雨は途絶えぬので
何劫もの間 常に沸き続けている
この世間から護ってくる救済とは
欺くことのない三宝以外には無い
絶えまなく流される河から
彼を救い出すのは船長だけである
三宝の加持が如何に無辺でも
信心無くしてどう救われるのか
海がどんなに広大であろうとも
水を求める小鳥の渇きを癒せない
輪廻の濁流の彼岸には渡れない
世間の者を頼りとすべきではない
溺れる者が溺れている者のため
飛込んでも二人とも沈んでしまう
三宝を救いとする限り彼らが規範とする
業果の取捨に励みそれを重んじるべきである
たとえどんなに船長を頼りに想っていても
乗船すらしない者を一体どうして救えよう
器世間 有情世間の苦楽のすべては
確実に過去に為した業から生じている
碗一杯の水もまた四種の衆生にとって
別異なものとして顕現すると説かれる
善不善は小さなものを積み重ねて
心の流れのすべてを満たしてゆく
雨雫をひとつずつ集めていくことで
広大無辺な水の曼陀羅となるのである
暫定的には善の如く見えるとも
意向や意図は不純なものが多い
最高に甘美な恒河の水でさえ
海と混ざれば苦味に犯される
無明の暗闇が視界を奪っている
宿業の羂索に捕われて繋がれる
渇愛の激流に何処までも流され
尽きぬ生の海へと向かっている
欲望というこの塩辛い水は
どれだけ飲めど渇きを癒さない
海や川で凍えている雁のように
この有を厭って脱出するべきである
業と煩悩 この海獣が犇いてる
苦なる輪廻の海から逃れるため
三つの学処という大船を捉えて
解脱の新大陸へ向かってゆこう
殊には自ら約束した戒律を
違反の匂いも染まらぬように
海は亡骸と親しまないように
常に監視して護持するのである
然れど老いた母たる有情たちを
見棄てて自利を求めるべきでない
海の孤島に友達や家族のすべてを
棄て去ることは船長の仕業ではない
水面にあり 揺れ動く 真実ではない
こんな三つの性にある水面の月のように
衆生に対しては三縁の悲心により
大乗道の生命を根付かせるのである
菩提心に裏付けされた善業は
尽きることなく菩提の因となる
閻浮樹の実が無熱悩池へ落ち
純金の源と変わっていくように
勝子の行は無限にあるけれど
六波羅蜜へと集約されていく
山と渓谷を巡って流れてきた
すべての水は橋の下を通っている
勝子が自らの所有物のそのすべてと
その果実を与えたい この布施は最勝である
雨は豊かな養分で一切の作物を育てる
しかし見返りや期待をすることもない
清浄なる戒により
堕罪のすべての垢を取り除く
ケータカの実の粉末により
汚れた水を浄化するのである
善資のすべてを焼き尽くす
瞋恚の敵を忍辱は制圧する
すべてを呑み込み燃え盛る
焔を消し去る対治は水である
常に敬い精進を続けるのなら
実現できない仕事など何も無い
水滴がいつも落ちていることで
岩山ですら貫通するのを見るがよい
惛沈と掉挙との瑕疵のない禅定が
明晰な時に一切の功徳が示現する
瑠璃の鏡を綺麗に磨かれたように
澄んだ水にすべての影像は現れる
すべてのものは空であると観て
輪廻の悲痛のすべてを取り除く
すべての海水をアガスティアは
一気に呑み干し甘露へと変える
龍樹の広大な智慧の大海は
実在論者の慢心を奪うだろう
深淵にして底知れない海が
童子たちを慄かせるように
甚深の実義を分析するためには
事前に否定対象を確定すべきである
海へ行って宝石を採取しようとする時に
どんな危険があるかを知るのは大切である
名前の土台として蘊などの集りを
私であると同定して錯乱している
大河は原流から分岐してるようだが
元は小さな支流が集まったものである
名付けている対象を正理で分析するのなら
それ自体で成立しているものなど何も無い
百の渓谷を巡り流れる川でさえ
果てには水滴ほども無くなるように
釈尊が説かれたそのすべては
空と縁起 ここへ向かっている
地上の川のそのすべては
大海へと流れ込んでいく
自分の心を変革する菩薩は
四摂事で所化を育ててゆく
海を訪れたことがある船頭は
他人を連れて財宝へと導いていく
因たる乗の道程は長くとも
秘密真言の方便で速く行く
平地で動かし難い大船も
海に入れば遠くへ行ける
持金剛によって善く説かれた
秘密真言の力は不可思議である
ガンガーと呼ぶだけでも
神の河を引き寄せられる
双入という龍王の大国である
金剛乗という大海を目指している
そこへと架けられているこの桟橋
四灌頂 これは宝石の梯子である
とはいえ二種の悉地というものが
拠って立つ場は三昧耶の護持である
海水のすべてが渇れてしまうなら
波の紋様はどこから起こるだろう
真実を知っている瑜伽行者は
慾望を享受しても執着しない
魚は深い水のなかに泳いでも
水害に晒されることなどない
貪等の煩悩という禍いを
煩悩を道として制圧する
耳に詰まった水は洗浄し
火傷は焼灼して治療する
微粗の生起次第の瑜伽により
生死と中有の三つを浄化する
バギーラタの捧げた供物が
サガラの王子たちを浄化する
四歓喜の倶生の大楽で
四空の智慧は増大する
四つの大河が流れ込み
馬面山の火は燃え盛る
微細な原初の風と心から
幻の如き身体で起き上がる
澄明な水に泡がたつように
天空から河が流れるように
ひとつひとつの草葉の露へ
ひとつひとつ月影は現れる
ひとつひとつ喩えてゆくことで
輪廻と涅槃のすべては表現できる
世間の気高い営為から
顕密の道次第にいたるまで
ひとつもので喩えたこの表現は
善き物語が化現した大海である
恵み巡らす海は輪となって
遊び戯れる雁は歌を奏でてる
妙なる善きこの詞が波をたて
その調べで何もかもが舞うだろう
夜 私の心に海のなかから
新しい善説の月影は降臨する
世間の無明の闇を取り払い
悲痛の傷みを和らげんことを
この善業で三界に光を放つ
純潔の賢き衣を護るものにより
九つの場所の生物の善意が拡張され
教法の大海がより一層増広せんことを
以上が『善説・水の論書、二つの教流の百の波紋』というものである。本編は、これまで私自身の心に習気を置くため、という目的で、時折、顕密の教説にも数えることができる類いのものをを記してきたが、特に『樹の論書』は大変普及し、読者も多くなったことからか、それに対する注釈があったらよいと、賛辞と共に多くの功徳に飾られた方であるノムチ・シャプトゥン・ケルサン・ダルゲー師から何度も委嘱されたので、書き始めてみた。しかし、法に関するサルガ(章)については道次第論以外には必要ないものであり、それの他のところは分かりやすいものばかりである。口誦さんでみるのも、譬喩としたものも、誰にでも親しみやすいものばかりであるので、これ以上は分かりやすくはできないように感じた。
また着想とした修身書たる吉祥主ナーガールジュナのの『百慧論』『智慧の樹木』『養生滴』の三書、『チャーナキャラージャ修身書』、マスーラーカーラの著した『修身書』、スールヤグプタの『頌蔵』、『無垢問答宝鬘』や『サキャ格言集』や書簡や教誨などを適宜引用して説明しても、全体の分量も大きくなってしまう。そこでここでは「樹は水界によって育っていく」というこの喩えに合わせて、『樹の論書』には足りない部分を補いつつ、少し大きくし、そちらでは優劣や重要性などの順序で教法に関する章を編んでいたが、こちらではより高い境地に昇っていくことを後に置くことなどで、前掲書の意味上の注釈という形で著すこととした。
本詩篇は徳行者クンチョク・テンペー・ドンメが、寂静処イーガ・チュージンにて編んだものであり、筆記官は学識経験の豊富なビクシュ・ラトナーンタが務めた。これにより人々に善への桟橋が明らかになるための因とならんことを。sarvakāle śreyo bhavatu.