砂嵐の吹き荒れる巡礼路を人の波に紛れて歩む。目の前に迫った春を前に、農閑期の終わりをみなここぞとばかりに巡礼に励む。若者も子どもも老人も、みんな一心に寺を巡礼する。足の悪いお婆さんでも、杖をつきながら必死に巡礼する。歩き慣れていない私などより、よっぽど颯爽と歩んで行かれる。
以前ゲンギャウさんが、
「チベットやラッダクの老後は忙しいですよ」
とおっしゃっていたが、本当にその通り。みな一心に巡礼して善業を積み、来世に備える。少しでも良い生を受けられるように。
チベットの一番良い季節はと聞くと、みな口を揃えて『夏』と答える。
ゲンチャンパも、「冬にチベットに行ってきますね」というと、
「チベットの冬は寒いよ。どうせ行くなら夏の方がいいのに。みんなで花の中でピクニックしてとても楽しいぞ」
と言われた。
そう言う人はゲンだけではない。「なぜまあこんな季節に」「次来るなら、必ず5月や6月に来なさいね」と何度言われたかわからない。
草花の咲き乱れる草原。さわやかな風に温かい太陽。確かに夏のチベットは、一面を緑に覆われ美しいし、気候もとても過ごしやすいだろう。
だけど、褪せた色をしたこの冬のチベットが私の中ではチベットという気がする。それは夏の忙しい農作業や放牧から解放された多くの人たちが寺に巡礼に集うからである。ある人は五体投地をしながら寺を目指す。ある人は寺の前で一心に五体投地を繰り返す。みな何度も何度も寺の周りを巡礼する。冬のチベットは巡礼の季節。
巡礼路でお婆さんに追い越されて、何故か笑みがこぼれた。
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