「僕が最後に故郷に戻ったのは2年前です。最後に帰郷した時は、故郷を離れてから6年経ってからでした」
ゲンギャウさんの弟子の中で最年少、14歳のイシ。彼の一日のスケジュールは超過密。
朝5時半起床。顔を洗ったりして、読経、自習。朝ご飯をお寺の台所まで取りに行って、7時半に朝食。その後学校に行く準備をして、8時半から11時まで学校。午前中は主にチベット語を学ぶ。昼食をはさんで、14時から16時50分まで学校。夕ご飯を食べて18時から再び学校。夕ご飯の準備が間に合わない時は、お腹をすかせたまま、21時まで学校で勉強する。夜は同級生たちと問答をかわす。それが済んだら自分の部屋に戻ってその日学んだことを復習、暗記。11時をまわってからやっと就寝できる。その他、小坊主たちには台所や寺が経営する食堂の手伝いの仕事が順番で回ってくる。月曜日はお休みだが、休日に自分の服をちゃんと洗っておかないと、先生に叱られる。
母親のいない寺での共同生活。自分のことは全て自分でするしかない。
昼間は時によっては12時から特別授業がある。だが、今はお休みらしく、少し時間に余裕があるので、昼食の後、彼が故郷のラダックに戻ったときの話をしてくれた。
「家に着いたのは夜中の11時。辺りは真っ暗で、体のそこらかしこをぶつけながら、でも自分の記憶をたどりに家の門にたどりつきました。家の中に向かって叫ぶと、親が目を覚まして出迎えてくれました。母さんは涙をぼろぼろ流して喜んでくれました」
イシは6歳の時に兄と共に南インドに送られ、召使いとして働いた。それから僧侶になって、初めての帰郷である。
「妹は寝ぼけてむにゃむにゃ言っていましたが、僕が帰ったのだとわかると大はしゃぎ!家族とどれだけ話をしても話が尽きなくて寝たのは4時を回ってから。でも次の日は6時には目がぱっちり覚めて、全然眠たくなかったんです」
南インドからラダックまでの長旅。身体は疲れているはずなのに、よっぽど興奮していたのだろう。
「その日は姉さんと一緒に羊の放牧に行きました。ご飯を持って姉さんと話をしながら。話しても話しても話つきません。羊を連れて草原を一日中歩き回って、ほんとうに楽しかったです。2時間しか寝てないのに、全然つかれなんか感じませんでした」
その時を回想しているのだろう、イシの顔はきらきらしてる。
「それから一ヶ月はあっという間に過ぎました。家族や友人と話して話して、とても楽しかったです。連れの人に『もうすぐ出発するぞ』と言われたとき、そんなに時間が経ったということが信じられませんでした」
僧侶となったイシ。彼には南インドでの勉強の日々が待っている。
「それから僕も家族も、残された数日を迫り来る別れを前に、悲しみの内に過ごしました。家を離れるとき、みんな涙を流し、誰も笑うことができませんでした。ラダックからデリーまで移動する間、悲しくて悲しくて、すごく落ち込んでいました。でもデリーに着いて、南インドのお寺に戻って、少しずつもとの生活に戻ってきました」
寺では共同生活が基本である。一人で殻に閉じこもっている場合ではない。それに勉強に忙しく追われての生活。大変だが、ある意味では寂しさを紛らわせてくれるのだろう。
「今も家族のことをよく想います。だけど電話はほとんどしません。しても、母さんが涙を流して、悲しくなるだけだから」
幼少から丁稚奉公に出されたイシ。彼の悲しみはもちろんだが、母親の子を遠くに送り出す悲しみはいかほどだったのか。
「最後に帰郷したとき、しばらくは帰郷しないように言われました。移動にお金がかかるから、仕方ありません。今はがんばって勉強するだけです」
イシはいつも笑顔を絶やさない。自分が苦しいなんて顔は微塵も見せない。イシだけではない、他の僧侶たち、ゲンギャウさんたちにしても多かれ少なかれ苦しみや問題を抱えているのに不幸そうな顔をしない。なぜかなと思う。
以前先生が、
「苦しみは経験した方がいい。そうすれば、他の人の苦しみを理解できるから」
とおっしゃっていた。
イシの笑顔。
その中にはきっと、彼の苦しみと他者へのいたわりがいっぱい混ざっている。