現在ゲンギャウさんはインドのピティで行われている説法に列席するため、またアボさんはパスポートの更新のためインドに帰省中。そのため現在、お寺にはゲンチャンバお一人。境内と長い階段を一人で掃除し、花に水をやり、朝夕のつとめを一人でこなされている。
月曜の休みを返上して灯明を作成
ゲンチャンバはアボさんと同じ東チベットのカムの出身。でもアボさんとまた違って、ゲンチャンバの出身地の人たちはちょっと荒々しいとの噂。いつも温和なゲンチャンバ。実はゲンも数々の武勇伝をお持ちである。
「私の故郷の男たちは、いつも腰に長刀を差してるんだ。喧嘩っぱやくて、口よりもすぐに手が出るね」
現在は中国に規制され、ほとんど見ることは出来ないが、昔のカム地方の男たちは腰に刀がついてないと居心地が悪いと感じるほど、刀を携帯するのが普通だったらしい。
「チベットには盗賊がいっぱいいるからね。私も聖山に巡礼にいったときに盗賊に襲われたことがあるよ」
そんな恐い話を、いつもと同じにこにこした顔で話すゲンチャンバ。
「民家の軒先で野宿していたとき、夜中にがさがさと足音が聞こえたんだ。『これは盗賊だ』と思って、近くにあった石を懐に隠し持ち、盗賊が荷物に触ろうとしたその瞬間、大声で飛び上がって威嚇したんだ。そしたら一目散に逃げていったよ」
そんな昔話を、ゲンはとてもおかしそうに話す。
「盗賊を追っ払われるなんて、さぞ若いときは力が強かったんでしょうね」とたずねると、
「若い頃は、無鉄砲だったからね。初めてデプン寺に入った頃のことだ。寺には皆の食事を入れる大きな鍋がある。それはとても大きくて、いつも僧侶が何人か集まって運ぶんだ。その時台所の責任者だった僧侶が、『あの鍋も一人で持ってここから向こうまで運べたら、台所仕事を一ヶ月免除してやとう』と冗談めかして言ってきた」
寺院では月ごとに数人の僧侶が台所仕事をまかされる。たくさんの僧侶の食事を作るため、朝3時に起床しなければならない。そんな早朝に起きても朝食のパン作りには間に合わないので、パンは前日のうちにこねて焼いておかなかればならない。暑い南インドの暑い台所で食事を作るのは大変な重労働である。
「私は『それじゃあ、やってやろう』と負けん気を起こして鍋を担いで、本当に向こうまで運んでしまった。その僧侶は驚いていたよ。その後、自分の番になって台所仕事をしようとしたとき、その僧侶が『約束通り台所仕事は一ヶ月免除だ』といって、私を台所から追い出したんだ」
いまでもゲンチャンバは十分力持ちである。重たい灯油や荷物を背負ってアボさんと一緒に寺の階段をかけあがられる。若いときは、さぞかし勇ましかったことだろう。
そんな力持ちのゲンチャンバは花が大好き。寺の花に毎日欠かさず水やりをされる。しかし、先月法要で奈良を訪問され寺を留守にしていた隙に、大切に育てていた花をイノシシにきれいに食べられてしまったらしい。
「あの時は腹がたってね。いつもはご飯の残飯をイノシシにやるんだが、そのときはイノシシに残飯をやらなかった。ゲンギャウに『イノシシにえさやらないぞ』っていったら『何言ってるんだ』って言われたけど、それでもやらなかった」
寺に戻って、大事に育てていた花が荒らされているのを見たときは、さぞショックだっただろう。
「でも2日して、また友達にもどったんだ。いまはもう友達さ」
今は寺に一人のゲンチャンバ。だけど友達がいっぱいです。