2010.09.17

イシ

「私の生まれはザンスカールです。家が貧しかったので、6歳の時に上の兄と一緒に南インドに送られました」

ゲンギャウさんのお弟子さんであるイシは、ゆっくり話し始めました。

「私はもともと僧侶ではなく、最初はインド人の召使いとして一生懸命働きました。兄も一緒です。兄は勉強がよくできたのですが、お金の工面ができず、大学に進学することをあきらめました。兄はお金を稼ぐため、嘘もつきました。仕方がありません」

イシははにかんだような、苦いものを飲み込んだような顔で語る。

「南インドにきてから1年程経った頃、1人の僧侶と知り合いました。ガンデン寺のウムゼーだった人です。彼は私に『こんな生活を続けても仏教にふれるチャンスはない。それよりも出家しなさい』と言って、私に僧侶になることを勧めました」

イシの顔に、今度ははっきりとした笑顔が浮かぶ。

「彼は休みのたび私を連れて寺を案内し、仏教のことを教えてくれました。 彼と出会って、私の心は変わりました。仏教を勉強したい、僧侶になりたいと強く望むようになりました」

まるで昨日の出来事のようにイシは語る。きっとその頃の日々を鮮明に覚えているのだろう。

「私が僧侶になることを両親も許してくれました。とても嬉しかった。これで僧侶になれるんだと思って。だけど、ガンデンのウムゼーのもとで僧侶になることは出来ませんでした。彼はアメリカに行ってしまったのです」

その時、ガンデン寺のみならずデプン寺のウムゼーもアメリカに呼ばれて行ってしまったらしい。読経をリードするウムゼーは世界各地で引っ張りだこなのだろう。

「とても悲しかった。僧侶になれると思っていた夢が断たれてしまったと思いました」

イシは俯き気味に話す。そのときの彼の気持ちは、果たしてどんなだったのか。人の召使いとして働くことから解放され、仏教に向かおうとした矢先にその夢が破れかけたのである。

「私がとても落ち込んでいたときに、ゲンギャウ先生を紹介してもらったんです。『デプン寺のゴマン学堂にゲンギャウという知り合いがいる。彼は面倒見がとてもいいから彼の所に行きなさい』と言われ、私はゲンギャウ先生のところで出家し、お世話になることになったんです」

人生とは、不思議なつながりだと思う。彼もゲンギャウ先生と出会うには、何か前世からの縁があったのだろうか。

「デプンに来てラダックの人とたくさん会いました。ガンデンにはほとんどいなかったから、とても嬉しかった。ゲンギャウ先生もそうですし、今一緒に生活している僧侶もラッダクの人たちばかりです」

チベット文化圏では同郷のつながりがとても強い。気心が通じる間柄というのもあるだろうが、それ以上に言葉のつながりが強いのだろう。

ゲンギャウ先生はどんな人ですか?とうい質問に対して、

「先生は厳しいですよ。怠けていると怒られます。だけど、とってもよくしていただいて、今がとても幸せです」

現在14歳のイシは、寺院の敷地内にある学校にも通いながら仏教の勉強をしている。チベット語、英語、数学、論理学と、たくさんの勉強に追われながらも、1人の僧侶として仏教の勉強に邁進している。

「今度は妹を南インドに呼んでやりたいんです。ラダックではしっかりした勉強が受けられません。デプン寺の近くには学校が数カ所あります。ここなら勉強ができるから」

イシはそう言って、大声で教科書を諳んじるため屋上へと上がって行った。彼のその小さな背中が、ひどく大人びて見えた。

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