2024.10.14
ལེགས་པར་བཤད་པ་ཤིང་གི་བསྟན་བཅོས།

森林を根絶やしにする者たち

グンタン・リンポチェ『樹の教え』を読む・第65回
訳・文:野村正次郎

どんな立派な緑の森林でさえ

水害がそれを根絶やしにする

どんな品格のある人徳でさえ

悪しき友は破滅させてしまう

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私たち人間はひとりでは生きていけない。毎日常に誰かのおかげで何かを享受することができ、毎日誰かに話しかけ、何らかの経験をすることで、この生を営んでいる。私たちの周りに誰がいて、その人たちと何をどうしようとしているのか、これが実は私たちの一日を大きく左右する。

心のなかに仏法僧という三宝を常に帰依処として戴くことができる仏教徒ならば、毎日三世十方の如来を自分の居場所へとお迎えし、彼らの教えを毎日思い出し、仏法以外には本当の救済はない、ということを心にし、一日をはじめるだろう。今日はどんな人と交わろうか、そこには三世十方の如来や菩薩たちという、我々が仏法を実践する上で助けてくれ、共に歩んでくれる仲間がいらっしゃる。如来や菩薩たちの格好をしている人ではなく、普通の格好をしている人たちであろうとも、私たちの日々の信仰のある生活を手助けてしてくださる、さまざまな人たちが善なる意志で私たちの一日一善を保障してくれるものである。道を歩けば鳥たちが私たちに美しい歌声を聴かせてくれ、川沿いにはさまざまな魚たちが時折顔をみせてくれ、私たちに挨拶をしてくれている。都会に暮らしていても緑はあるし、大地を確認することもできる。少し離れた場所にいけば、幻想的で心地よい森林もある。さまざまな人に交われば、どんな人でも私たちより何か人格的に優れた部分があることを感じることができるし、そのような人たちに刺激され、自分たちも少し善の方面に努力しなければいけないことを学ぶことができる。仏教ではすべての衆生を自分が師事すべき善知識ではないか、という意識の大切さを説いているし、善知識を如来そのものであると想起することの大切さを説いている。心の持ち方次第では、私たちは毎日無数の仏や菩薩たち、仏や菩薩たちの使者にであうことができる。実に幸せなことである。

しかしながら、私たちが過度な欲をだし、他人に過度な期待をし、自己中心的な視点だけで、物事を捉え始めると突然にして私たちの不幸ははじまるものである。私たちは不幸になり、不満を抱き、他人の欠点ばかりを数え上げるようになる。楽しそうに泣いているカラスの声は、腹立たしい不吉な騒音に聞こえてくるし、草叢で鳴いている小さな虫たちの合唱も、踏みつけてやりたいほど気色の悪い音に聞こえてくる。他人の何気ない視線は、悪意の視線に感じられるようになり、これまで仲間であると思っていた人たちですら、何か腹黒い陰謀を抱いて私たちを害するのではないか、という猜疑心の対象となる。水や野菜などの日用品を売ってくれる店員さんたちが、少し愛想を振る舞えない程疲れていると、彼らに「お疲れさまだな」という気持ちではなく、「何たる接客態度だ」「金を払っているに客に対して失礼だ」「何処か消えてしまえ」そんな恐ろしい考えをもちはじめるのである。こうして、美しい森林であった場所も大きな洪水や水害でもう二度と小さな草も生えてこなくなってしまうのであり、仏の使いかもしれないと思っていた人たちでさえ、自分たちを害する魔物の使いであるとしか思えないようになる。そんな暴力的な感情を抱くようになると、それにまた同調してくれる魔物の使いも直ちにやってくる。こうして一日は台無しになり、私たちの生は実に醜い姿になり、暗黒の破滅へと一直線へと向かっていくのである。

凶悪な我々を破滅穢と導く人々と交わるのか、あるいは穏やかで我々を成長させてくれる人々と交わるのか、その選択を行うのは、誰か別の人ではない私たち自身である。もちろん善なる友人たちと交わり、幸多き生を過ごしたいと思うのは、誰でも同じであろう。しかし残念ながら我々は自己中心的なものの見方に慣れているか、善の方面だけに常に向き合おうとするのは、それほど簡単ではない。美しい森林を台無しにしてしまうのは、本来は恵みであるはずの水であり、我々を破滅に陥れるのは、我々に利益を与えてくれそうでにこやかな顔をしてやってくる悪友なのである。そしてここにやってくる人が悪友なのか、善友なのか、実はそのことは我々自身の人に対する接し方、捉え方に左右されているのであって、そこにいるすべての衆生たちは本来慈悲の修習の対象であるし、我々に本当に大切なことを教えてくれる善知識なのである。彼らはたとえ悪友のような姿をして見えていても、それは我々のただの偏見に過ぎない。悪友の正体は我々の心に潜んでいる煩悩であり、すべては自己責任であり、自業自得である。本偈はそのような我々の内部に潜む魔物の危険性を教えてくれている。


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