2021年4月6日、チベット暦2月5日、デプン・ゴマン学堂第32世学堂長クンケン・ジャムヤンシェーパ・ガワン・ツォンドゥー(1648-1727)の遠忌法要「クンケン・ドゥーサン」が行われました。
クンケン・ジャムヤンシェーパは、1648年にアムドでお生まれになり、5歳の時に第5世ダライ・ラマ法王とご縁を戴き、7歳の時から学問をはじめられ13歳の時には比丘戒を授かり、21歳の時に中央チベットへと上京し、チャンキャ・ガワン・ロサン・チューデンに師事し、デプン・ゴマン学堂にて学びました。25歳の時には顕教の学習を終え、27歳の時には第5世ダライ・ラマ法王よりは具足戒を授かり比丘となり、29歳よりはギュメー密教学堂にて学び、32歳からはデプンへとお戻りになり、裏山のゲペル山麓に庵を結ばれて隠遁修行に励まれました。
クンケン・ジャムヤンシェーパはゴマン学堂の教科書を著述なされた方でもあるだけではなく、『試論・弁財天の口伝』や『怖畏金剛法統史』(འཇིགས་བྱེད་ཆོས་འབྱུང་)をはじめとする数多くの著作を著された大学者であり、53歳の時に第32代デプン・ゴマン学堂長となられました。その後62歳の時に故郷のアムドへとお戻りになられ、63歳の時にアムド地域のゲルク派の総本山となったラブラン・タシキルを開創され、1727年2月5日、74歳の時涅槃の相を示されて、その後、第2世クンチョク・ジクメ・ワンポに継承される、ゲルク派の最も重要なラマとなられました。
初代クンケン・ジャムヤンシェーパ・ガワン・ツォンドゥーの弟子には、共にラブラン・タシキルへと向かわれたセー・ガワンタシー、ガンデン座主ゲンドゥン・プンツォ、チャンキャ・ロルペードルジェなどの大学者が多く輩出されています。
クンケン・ジャムヤンシェーパの化身の系譜を遡れば、釈尊御在世の時には、維摩居士であられたとされ、クンケン・ジャムヤンシェーパの教科書を学ぶすべての者たちは、護法尊ガードンが守り助けていると謂れています。また17世紀当時の秘密集会・怖畏金剛などの無上瑜伽怛特羅の儀軌の伝統をさらに清浄なものへと改革されたことも、大変有名な大学者です。